ソロプチミストの歴史

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sia_h_1国際ソロプチミストは1921年アメリカ・カリフォルニア州オークランドで誕生しました。まだ女性の地位が低かった時代、職業を持つ80人の女性が、女性自身の手で女性の地位と人権を高め、男女が平等に活躍できる社会を目指して、奉仕活動を始めたことがきっかけでした。

初代会長はヴァイオレット・リチャードソン・ウォード。大学で保健体育を教えながら、女性が心身ともに健全に暮らせることを願っていた人です。2014年の新プログラム「夢を拓く:女児のためのキャリア・サポート」の誕生まで、若い女性を称え、勇気を与える賞、「ヴァイオレット・リチャードソン賞」として長くその名を留めました。

 

その後、ソロプチミストは1924年にロンドン、パリに最初のクラブが認証され、ヨーロッパ全土へと広がっていきました。
1928年には、国際ソロプチミスト協会の下にアメリカ連盟とヨーロッパ連盟が設立されました。
1934年、ヨーロッパ連盟は、ヨーロッパ連盟とグレイト ブリテン アンド アイルランド連盟に分けられました。
1952年、国際ソロプチミストSoroptimist Internationalが設立されました。
1978年、サウスウェスト パシフィック連盟が設立されました。
1948年以降は国連に協力するNGOとなり、数々の国連会議でグローバルボイスを発表し、啓発や提唱活動を行っています。

 

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ボストン連盟大会にて 日本リジョン千嘉代子初代ガバナー

日本では、1960年に日本で初めての「東京ソロプチミストクラブ」が認証され、1964年には、日本で3番目となるクラブが京都に創設され、千嘉代子氏が初代会長となりました。その後、千嘉代子日本本部会長のソロプチミズム普及にかける熱意と力強い推進力により飛躍的な発展を遂げ、1976年、アメリカ連盟の日本リジョンとして認証され、千嘉代子氏は初代ガバナーとしてボストンの連盟大会において、晴れの旗手を務められました。(この時、日本のクラブ数は59に達していました。この時点で、九州には、SI北九州、SI大分、SI長崎、SI福岡、SI鹿児島、SI宮崎、SI柳川、SI沖縄の8つのクラブが認証されていました。)

千嘉代子初代ガバナーは、1978年に退任されましたが、その長年の功績に対し、ファウンダーガバナーの称号と終身役員 の栄誉が与えられました。

 

1979年には、「ソロプチミストの精神に則り、社会福祉活動、その他の奉仕活動に対する援助、協力を行うことにより、福祉の向上、および国際友好の進展に寄与する」ことを目的に、「ソロプチミスト日本財団」が設立されました。

 
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日本南リジョン岡野田鶴子初代ガバナー

1980年代になり、日本全国のクラブ数が100を超えたので、1986年2月の臨時日本リジョン大会で、日本リジョンの東、西、南、北、中央の5リジョ ン分割案が採択されました。アメリカ連盟の正式な承認を得て、1986年5月の第10回日本リジョン大会(札幌)にて分割式典が挙行され、南リジョン、岡野田鶴子初代ガバナーが、リジョン旗を掲げて入場されました。
こうして、日本リジョンは、5リジョンに分割され、新生日本南リジョンは、九州・沖縄の7県をその区域とし、34クラブを擁して、7月1日にスタートしました。

 

日本南リジョン発展拡張図